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被害者から抜け出すことのすすめ

心の理解と活用
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自分が被害者に身を置くとき

誰でも、自分自身が周りから何らかの被害を受けた経験があるかと思います。

何かものを盗まれた
人に騙された
文句を言われた
上司から理不尽にも責められた

私も、これまでずいぶんとこういう経験を積んできました。

確かにその時には、自分を被害者において、相手に対してあれこれと思いをよぎらせるものです。

でも、今では、その心は流れてしまっていることに気づかされます。


私は、イタリアで財布をすられた経験があります。その時、買い物をした荷物を抱え、片手にはまだ小さかった息子の手をつないでいて両手がふさがっていました。ジーンズのポケットには、外から見ても財布の形がありありと見えていたと思います。すりから見たら、格好のターゲットだったのでしょう。そこには、あまりにも無防備であった自分がいました。
大学時代に、ある支払いのために人に預けた1万円が、その人の懐に入っていたことを後から知りました。よほどお金に困っていたのでしょう。私が直接渡すべきところを、その人を介して、ことを済まそうとしてしまった安易な心が生み出したことです。
30代半ば、上司から、「あなたはこのままではだめだよ。」と突然言われたことがあります。突然言われた手厳しい言葉に、反発を憶えましたが、後から思い直すと、当時、失敗することを恐れていたために何事にも慎重になり過ぎていた自分がいました。進んで取り組もうとしない自分に腹を立てた上司が、敢えて柔らかい言葉で言ってくれたことだと気づきました。
私は、都内で観光タクシーの乗務員をしていたことがあります。半年ほどの研修期間中、深夜の自由が丘駅で「第三入って」と言うなり、寝入ったお客様を乗せたことがありました。第三京浜の港北を通過して保土ヶ谷まで走ったときに、港北だったのにと文句を言うお客様に対して「でも、お客様は乗車するなり寝入ってしまいましたので。」と答えてしまいました。これが、乗客の怒りに火をつけ、翌日、会社に連絡され、班長から大目玉を食らったことがありました。「コミュニケーションが大事なんだ。」「寝入る前に目的地をきちんと確認しなかったお前が悪い。」というものです。

これらのとき、初めは大きな憤りを感じました。

そして、自分は悪くない、悪いのは相手だと思いました。

それを固めるために、「言い訳」を用意します。

だって・・・。

なぜなら・・・。

それによって、自分の本当の心がますます見えなくなっていきます。

何か問題が起きたとき、誰もが必ず初めは自分を被害者に身を置きます。

でも、時間がたち、冷静に考え直してみると自分の言動があって、相手が何らかの感情を持って行動を起こしているということがわかってきます。

犯罪被害にあうのも、

人から騙されることも、

上司から叱責されることも、

相手を怒らせることも、

すべては自分から発しているということに真理にたどりつくのです。

被害者になりやすい理由

被害者でいるときには、たいてい、自分を守ろうとする心が強くはたらいています。

自分だけの正しさが保障される状態を作る。

そして、周りからは同情を得ようと必死に訴えかけます。

ずっとその位置にいることで、自分の正しさを主張し続けています。

なぜなら、それは、たいへん、居心地のいい場所だからです。

ご相談の方の中にも、このような方が数多くいらっしゃいます。

そんな心には寄り添いながらも、目指すゴールは、被害者からの脱却です。

そういう被害者の心でいることでは、何も変わらないからです。

厳しいことを申し上げるようですが、そのままの自分でいることを選択し続ける限り、必ず同じことが繰り返されていきます。

人の心に存在するもの

確かに、犯罪にあったときには、被害者としての心が働きます。

何らかの犯罪被害者になることは、決して本人の意図するところではないからです。

でも、犯罪の審判を下すのは、自分ではありません。

司法が行うことです。

それを自ら抱え込んで相手をジャッジする自分でいるから、そこから抜け出すことができなくなります。

ですから、パワハラ被害やDV被害にあっている方には、ご本人の気持ちを確認した上で、正当な手続きをとれることをお伝えし、相手をジャッジすることを手放すことをお勧めします。

そして、ご自分の心と向き合ってみることをお勧めするのです。

世の中は善だけでは成り立ってはいません。

善があれば、悪も存在します。

そして、広い意識で世の中を見たときに、善も悪も何もないことに気がつきます。

善と悪は、人間の意識が作った単なる境界線であるに過ぎません。

旅行者として海外旅行に行って、すりや盗難にあった経験がある方もいらっしゃるかと思います。

おそらく、私が現在住んでいるカンボジアという国の印象にも良くないものがあると思います。

でも、私は、ここでそういう被害にあったことがありません。

なぜなら、そういう悪の存在も認めた上で、周りと共存しているからです。

正直言えば、5分間、戸外にバイクを駐車しているだけで消えてなくなる国です。
人込みでカバンを持って歩けば、知らぬ間にファスナーが開かれ、中のものが無くなります。
夜間に外出すれば、強盗にあう確率がかなり高くなります。

周りは、善も悪も混ぜこぜになって存在している。

そして、それは、人によって境界線が引かれるものではなく、一人の人間の中にも存在しているものだということを知っているからです。

よく、被害を受けた人に、あなたも悪いと言う警察官がおりますが、防犯への意識の高い彼らにとっての言い分はあながち、間違いではありません。

もしも、なんらかの被害にあったならば、そういう状況を作り出している自分の行いに気づくことも大切なことです。

私も、人の心の悪の部分を引き出すようなふるまいは、避けるようにします。

安心は、自分の心でいかようにも作り出していけます。

たとえ、何らかの被害を受けても、それを受け入れざるを得ないことを決めている自分がいるからかもしれません。

そこは、恐れや不安が入り込まない領域でもあります。

自分の心が最も見えないもの

あなたは、どんな人間になりたくないですか。

バカにはなりたくない。
怠け者になりたくない。
頭の悪い人にはなりたくない。
無責任は人間にはなりたくない。
無能な人にはなりたくない。
ケチな人にはなりたくない。
つまらない人にはなりたくない。
人をさげすむ人間になりたくない。
嘘をつく人間になりたくない。

上のように、見られたくなくて、これまで頑張っている方は要注意です。

つまり、そう思うほど、こういう要素を消し去りたい意識があるからです。

それは、とりもなおさず、あなたの中にこれらが存在していることを証明しています。

まずはそれに気づきましょう。

私の経験をお伝えします。

私は、これまでずっと嘘をつくことが大嫌いでした。

しかし、ある時、自分を守るために、そして自分をごまかすために嘘をついている自分を知りました。

その時には、驚きを覚えたものです。

人間、自分の身を守るために本当の心ではないことを言ったりやったりしているものなんです。

実際に、私は、自分の中に在る嘘をつくという要素を否定し続けてきたから、これまで心もやもやしていました。

それを理解し、受け入れたときには、なぜか心が軽くなりました。

もちろん、嘘をつきたいとは思っていません。

でも、自分を守る時には、そういう観念が働かないことがわかったのです。

己の心にも、善も悪も存在している。

そう思えたときに、初めて周りも受け入れられる自分を感じました。

思い切って自分の心を切り開いてみること

自分だけの正しさを捨て去ったとき、あなたの意識は必ず広がっています。

そのためには、多少痛みが伴いますが、自分の心にある悪と思われる部分にも目を向けてみましょう。

だれもが、きれいで正しく高潔でありたいと思うがあまり、自分自身の嫌な部分に目を背けがちです。

周りはそうでも、自分だけは違う。

そう思っている限り、苦しさを抱え続けます。

勇気がいることですが、ここを乗り越えたとき、あなたは本当の自分に出会い、本当の心を知り、なりたい自分の姿をイメージできるようになっていきます。

カウンセラーは、そうなりたいあなたをご支援する立場として寄り添います。

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